落語家の林家木久扇さんはこれまでに胃がんと喉頭がんを発症しています。

各種治療に加え、木久扇さん独特のやり方でいずれのがんも克服されました。
 
 
 
雑誌「壮快」2022年6月号52~53ページから、一部を抜粋して紹介します。

木久扇さんの胃がん 思いがけず切除と術後の食事

木久扇さんの場合、自覚症状もありました。

胃がんが見つかったのは2000年です。62歳のときでした。
 
その少し前から胃の調子が悪く、大学病院で内視鏡検査を受けたところ、初期の胃がんだとわかりました。
 
(中略)
 
モニターで見たがんは、小さな突起でしたから、手術は内視鏡のメスでそこだけを取るものだと思っていました。
 
しかし、「がん細胞が転移している可能性があるから、胃の三分の二を切除します」というではありませんか。
 
驚きましたが、転移は困るので手術を受けました。
 

胃の大半が無くなるというのは、当然ですがこれまでの食生活から大きな変化を余儀なくされます。

術後は胃が小さくなったので、少ししか食べられません。その分、すぐに空腹になります。
 
最初のころは要領がつかめず、突然激しい空腹に襲われて、頭の中が真っ白になるということもありました。
 
それからは一日6食にして、空腹にならないように、そうかといって満腹にもならないように気をつけています。
 
なにより高座で倒れるというのがいちばん困るので、小さなおにぎり三つと三角のプロセスチーズを持って楽屋入りしていました。
 
現在は一日三食ですが、間食にナッツ類や柿の種、ドライフルーツなどを食べて、空腹具合を調整しています。

木久扇さんにとってがんの試練はこれだけではありませんでした。

木久扇さんの喉頭がん 放射線治療後の声

木久扇さんは喉頭がんを76歳で見つけ、放射線治療を受けます。

第2ステージの喉頭がんとわかったのは2014年で、76歳のときです。
 
このときは「笑点」を休んで通院して、放射線治療を受けました。×印をつけたのどの幹部に放射線を当てると、温泉みたいにじわあっと温かくなるんです。
 
これを40日間続けて、がんは消滅しました。
 

しかしこの後も、木久扇さんにとって致命的ともいえる試練が続きます。

ここまではよかったのですが、肝心の声がなかなか出てきません。
 
声が出るまでは個人差があって、すぐに出る人もいれば、3年くらいかかる人もいるそうです。
 
私の場合、声が出なければ廃業するしかありません。
 
「笑点」の降板もあるかもしれないと、毎日やきもきしていました。

不安な日々が続いていましたが…

声が出たのは、放射線治療が終わって一週間後でした。
 
朝、かみさんがいつものように「お父さんおはよう」と声をかけてきたので、私も「おはよう」とほんとうに、ごく自然に声が出ました。
 
かみさんは「お父さん、声が出たわ」と大騒ぎで、私も嬉しさがこみ上げてきて涙が出そうになりました。

木久扇さんは独自の”抗がん療法”を行っています。

朝起きるといつもがんに小言をいっていました。
 
「なぜ僕の体に出てくるんだ!」
「僕は君の相手なんかしていられないよ!」
「僕は弟子と家族を17人養わないといけないんだ!」
 
そんなふうに叱りつけることで、前を向いて頑張れたのだと思います。
 
今、がんと闘っていらっしゃるかた、またそのご家族も、決してあきらめないでください。
 
たいせつなのは、がんと前向きに生きることなのですから。