2013年の5月三浦雄一郎さんが80歳でエベレスト登頂に成功しました。

史上最高齢の快挙であり、日本でも大々的に報じられました。
 
とはいえ三浦さんは、これまでずっと壮健な身体を保ってきたというわけではありません。
 
むしろ体調面では悩まされることが多かったのです。お父さん・敬三さんに関する話も併せて紹介します。




子供時代は病気の連続 26歳でアマチュアスキー界から永久追放!

三浦さんの人生は、実は健康面ではあまり恵まれていません。
 
幼少期は病弱で「劣等生」、幼稚園は中退し、小学校4年生から5年生時には結核で肋膜炎を患ってしまいます。
 
長期入院のため1年の半分近くは学校を欠席していました。
 
父・敬三さんの仕事の関係で小学校は5回転校し、旧制中学校の入試は、健康問題で失敗。入学してからも4回転校しました。
 
スキーを始めたのは小学校2年生から。旧制中学校在学時のスキー大会優勝をはじめ、高校、大学と各種スキー大会で好成績を残します。
 

 
しかし26歳でスキー連盟関係者と対立し、アマチュア資格をはく奪され、アマチュアスキー界から永久追放されてしまいます。
 
その後はスキー学校を開設し、プロスキーヤーとして活躍し、選手権にも参加しています。
 
54歳でエベレストのサウスコルから滑り降り、世界七大陸最高峰全てからの滑降を成功させます。
 
しかし、その後三浦さんは目標を失い、不摂生な生活を送ってしまいます。




完全にメタボ体型に→70歳でエベレスト登頂

身長164cmながら体重が85kgを超え、血圧も200近くまで上がります。
 
完全なメタボ体型であり、高血圧だけでなく不整脈や糖尿病、高脂血症の兆候まで出ていました。
 
一方で父の敬三さんは99歳でモンブラン氷河の滑降に挑戦し、次男の豪太さんはオリンピックに出場していました。
 
彼らを見て一念発起した三浦さんは、65歳の時に「5年後の70歳でエベレスト登頂を果たす」という目標を立てます。
 

 
自分の体に重りを装着して負荷をかけるなどのトレーニングを続けた結果、目標どおり、70歳7か月でエベレストを制覇します。
 
三浦さんのトレーニングは、「リスト・アンクルウエイト」という重りを足首につけ、同時に背中には10kg以上の重りを入れたナップサックを背負いながら生活するというもの。
 
また三浦さんは、ゴマの栄養成分を含むサプリメントや、アミノ酸飲料といった健康食品も積極的に利用しています。




お父さんの敬三さんもスゴい 100歳過ぎても日々筋トレ

三浦さん自身もスゴいのですが、お父さんの敬三さんもこれまた輪をかけてスゴいんですよ。
 
敬三さんがスキーの滑走を本格的に始めたのは51歳から。海外での初滑走は60歳です。
 
その後・・・
 
70歳でヒマヤラ滑走
77歳でキリマンジャロ滑走
88歳でアルプス完全縦走、
99歳でモンブランの氷河滑走

 
と、信じられない記録を次々と達成します。ハンパじゃありません。
 

 
敬三さんは100歳を過ぎてからも、日々の筋力トレーニングを欠かしませんでした。
 
・片足スクワット
・スキーのストックを使ってのウォーキング
・舌を動かすアッカンベー体操
・朝起きて行う首曲げ運動
 
などなど、全身を満遍なく鍛えるトレーニングを日課にしていたのです。もちろん、食事にも気をつけていました。




敬三さんの食事 特製ゴマドリンクの材料は

80歳のときに玄米食を始め、おかずは鶏肉、海藻類を圧力鍋で柔らかく煮た煮物を食べていたそうです。煮物にはミキサーにかけた煮干をたっぷり使ってカルシウムをプラスします。
 
雄一郎さんいわく、敬三さんは「体にいい食材を工夫してとる名人」だったそうです。敬三さんの健康食で最も有名なのは「特製ゴマドリンク」ではないでしょうか。
 
材料は
 
黒ゴマ きな粉 はちみつ 酢卵 ヨーグルト 牛乳
 
です。
 
朝晩これを20年間飲み続けたおかげで、敬三さんは肌にシミもなく、黒い髪をキープしていました。「若さの秘訣は?」と聞かれると必ずこのドリンクの話になります。
 

 
小さい頃から病気がちで、80歳で不整脈があっても、心がけ次第ではエベレストにも登れるのです。さらには、99歳になってもモンブランの氷河滑走までできてしまう。
 
結局は本人の意識次第、ということですね。
 
私も今後エベレストを登ることはないと思いますが、トシをとっても自分の足で歩いて、自分で食べて、人と会話できるくらいの体と心は保ちたいものです。