現在では「体幹」という言葉すっかり定着しました。
 
いろんな運動における体幹の重要性も周知されており、アスリートでなくとも体幹を意識して鍛える人は珍しくなくなりました。

この言葉が知られるきっかけになったのは、体幹部のエクササイズ、特にピラティスが日本に紹介されてからではないでしょうか。
 
日本におけるピラティス指導の第一人者と言われる石川英明さんによると、ピラティス指導者は体幹を
 
「胸郭と骨盤、そしてそこに囲まれている臓器、その周りについている深層や表層の筋肉である」
 
と定義しているそうです。
 
簡単には「胴体全体」というイメージでしょうか。
 
体幹=インナーマッスルという、ありがちな連想では不十分で、臓器、さらには臓器の中にある「空間」までも体幹に含まれています。
 
 
ピラティスでは、体幹を「鍛える」ではなく、「整える」と表現します。
 
これについて、石川トレーナーは次のように語っています。少し長くなりますが、引用します。

体幹は、肋骨と骨盤、背骨という骨格に囲まれた臓器とその周りについている深層や表層の筋肉です。
 
臓器は我々が生きていくために健康で正常な働きをすることが第一です。
 
そのためには臓器は所定の位置になくてはいけません。
 
臓器を所定の位置につねに保つためには、枠組みをつくる骨、そして支える筋肉がないといけませんね。
 
こうした健康の基本が、崩れている人が非常に多いのです。その例として猫背が代表的でしょう。
 
猫背は背骨が曲がっている状態をイメージしやすいですが、よく見ると、両肩が内側に入り、首から顔がやや前に出る。肋骨も内側に入りこみ、背骨が曲がっています。
 
こうした狭まった骨組みのなかでは、そこにある肺は縮こまり、膨らむ、収縮するという本来の生理的な機能も十分行えなくなるのです。
 
 
つまり胸郭が動かせないとその空間にある横隔膜(呼吸に連動する筋肉)も動かせません。
 
これは運動をせず姿勢が悪い人だけでなく、筋トレーニングをしすぎてなる人もいます。
 
つまり、体幹が大切だというのは、こうした臓器がいっぱい詰まっている場所だからです。
 
健康の基本となる臓器を所定の位置に置くこと、これをピラティスではアラインメントを整えるといいます。
 
そこで体幹の重要なポイントのひとつは、アラインメントを整えるという発想なのです。
(雑誌「ライブ」Vol.26 6ページ)

ピラティスでの体幹は「鍛える」「強くする」ものではなく、「場所のズレやゆがみを正すもの」と言えそうです。
 
 
それでは、体幹の臓器が所定の位置にないと、どういう悪影響があるのでしょうか?
 
石川トレーナーによると、最も顕著に表れるのはウエストやお尻の周囲で、肉がつきやすくなるのだそうです。
 
例えば臓器が下垂すると、その周囲についている筋肉の動きが阻害され、鈍くなります。
 
体幹の筋肉の動きが悪くなると、当然脂肪がつきやすくなり、下腹がポッコリ出たり、お尻が垂れるといった弊害が表れるのです。
 
ちなみに、一見すごく鍛えているアスリートでも、体幹のアラインメントが崩れていると身体に不調が起きるそうです。
 
ハードなトレーニングで体幹に大きな筋肉がついていても、アラインメントが崩れた状態で筋肉がついていると、その位置関係でしか関節が動かせなくなってしまいます。
 
簡単に言うと、可動域が狭く、身体が硬くなるのです。結果として腰痛などのケガを引き起こすことがあります。
 
 
石川トレーナーによると、ピラティスでは、エクササイズについて腹筋や筋肉という言葉を一切使わないそうです。
 
代わりに、
 
「胃(ストマック)を上げろ!」
 
と強調します。
 
再び引用します。

固有の筋肉を増大させることはむしろ動きを阻害するという考えなのです。
 
そして胃をあげろというのは、加齢や環境、重力によって胃が下垂しやすく、その結果、人本来の動きに制限が起きて健康を害したりケガをしたり、またエイジングのスピードを進めてしまうからです。
 
ですから、実際にピラティスに取り組むときは、筋肉の意識はなく、つねに内臓に意識があり、下垂したものを引き上げるというイメージです。
 
そうやって体幹のアラインメントを整え、関節の自然な可動域を取り戻し、人本来ののびやかな動き方を取り戻していくという、いわば「体の内側からの再生」なんです。
(雑誌「ライブ」Vol.26 7ページより)

「固有の筋肉を増大させるのは良くない」という考え方は、イタリアサッカー・セリアAインテル(当記事作成時)の長友選手も意識しています。
 
別の雑誌のインタビュー記事で、長友選手は体幹についてこんな話をしています。

(イタリアに行ってからとくに)球際で負けると戦っていけないなと感じた。上手い選手は、ホントに球際に強い。
 
そういうのを見ていると、やっぱりカラダを太くしていくだけじゃなくて、バランスだったり、体幹部分が大事だと感じましたね。
 
僕のトレーニングは自重でやります。ウェイトは使わずに。
 
バランスボールも使うし、片脚でバランスを取りながらいろんな動きをしてみるとか、ベンチプレスのように一か所だけ鍛えるようなことはしません。
 
それは、ボクが今までやってきて違うなと思ったから。
 
まず、カラダが切れなきゃいけない。重くなったら、いくら強くても厳しい。
 
動きながらのボールの奪い合いだから、瞬間的に行かないといけない。そうなってくるとやっぱりバランスだと思いますね。
(雑誌ターザンNo.575 50~51ページ)

上の記事でわかるのは、長友選手が意識していることのごく一部だけです。
 
しかし、長友選手が体幹の強化に対してイメージするものを、石川トレーナーの考えと合わせて推量してみると・・・
 
・カラダを太くする、筋肉、マッチョ、重い、というイメージとは違う
・可動範囲を広げる
・バランスを良くし、いろんな動きができる
・特定の部位ではなく、広い部分の機能を高める
・キレを良くする

 
・・・あたりは、それほど間違っていないと思います。
 
筋トレと可動範囲については、次のようなイチロー選手の話を以前メルマガで紹介したことがあります。

「胸が発達してくると見栄えがよくなってくるし、そうするとまた胸のトレーニングをしたくなる」
 
「(しかし)ちょっと(筋肉が)大きくなってくると可動範囲が狭くなったり、動きが硬くなったりするんです」
 
「見た目より機能ということです。軟らかい筋肉を作って、可動域をキープするか、広げる。決して可動域は狭めない。自分の動ける範囲を決して狭めずに、軟らかい筋肉を作るということです」

長友選手もイチロー選手も、可動域の拡大を非常に重視していることがわかります。そのためには、特定部位の筋トレが弊害になることもあるようです。
 
ピラティスの石川トレーナーによると「『腹筋・背筋』あるいは『体幹を鍛える』とは言わない」とのことでしたが、私としては、体幹に対してこれらの言葉を使い、実践してもOKだと考えています。
 
 
ただし、「体幹」に関わるエクササイズをする際、次のような意識を持つ必要はあるのではないでしょうか。

・内臓の位置を整えたいのか、インナーマッスル(大腰筋など)を鍛えたいのか、アウターマッスル(腹筋など)を鍛えたいのかの区別
 
・整えたいのであれば胃・内臓を上に上げるよう意識する
 
・特定の筋肉を鍛えるのであれば、体幹のアラインメントを崩していないか
 
・(特にアスリートであれば)可動域の拡大はじめ、いろんなことに対応できる身体を作る

一般人とアスリートでは、意識に違いがあります。「自分が求めているものは何か」でエクササイズも変わってきます。
 
体幹については、掘り下げる余地がまだまだありそうです。興味をひくネタがあったら、また改めて紹介してみます。