卓球の水谷隼選手は2020年の東京五輪混合ダブルスで日本卓球史上初めての金メダルを獲得し、男子団体では銅メダルを獲得しています。

そんな輝かしい戦績を残した水谷選手が目の不調に悩まされていることはあまり知られていないのではないでしょうか。
 

 
この件について、水谷選手の著書「打ち返す力」の148~157ページから一部を抜粋して紹介します。
 
この本は卓球の技術本というより、水谷選手の考え方をまとめた本であり、ビジネスマン向けとも言えます。
 
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「いきなりボールが消える」異変 左目の視力低下とレーシック手術

水谷選手の目の不調は、全日本選手権の本番に始まりました。

初めて目に異変が起きたのは、2013年1月の全日本選手権だ。
 
普段はミリ単位の精度でボールの動きを正確に見極められるのに、いきなり視界からボールが消えて見えなくなった。
 

見えにくくなったのは、会場に設置された明るいライトの広告が一因でした。

この年に、全日本選手権の会場にLEDライトの広告が初めて導入された。
 
当時の映像を見返してみると、白く光る範囲が異様に大きな広告がある。その広告が視界に入ると、ボールがラケットの角に当たるミスが頻発した。
 
おそらくあのときは、LEDの光が強すぎてボールが見えづらくなっていたのだと思う。

水谷選手は念のため視力を計測すると…

不思議に思って視力検査に出かけると、右目の視力は1.5なのに、左目が0.3まで低下していた。
 
左目の視力だけが著しく低下し、近視と乱視が入り混じったような状態に陥っている。

対策として水谷選手はレーシック手術を受けます。

そこで左目のレーシック手術を受け、落ちた視力を元に戻した。
 

 
サーブをするときボールを高く投げ上げると、視線はおのずと天井に向かう。天井の照明のまぶしさは、目が悪くなる前からもともと気になっていた。
 
全日本選手権のような大きな大会だと、試合前日に「あのへんが見づらいからズラして」と要望を出して照明の向きを調節できる。そうやってなんとか見えづらさをゴマかしてきた。
 
レーシック手術の効果があったのか、2014年から調子が良くなった。ときどきボールが見えづらいことはあったものの、大会で優勝することもあった。

解決したかに見えましたが、今度は右目の視力も低下していきます。

右目の視力も低下し再びレーシック手術

しかし、目の不調が再び水谷選手を襲います。

2018年1月の全日本選手権で、さらなる異変が起きた。なんだか理由がよくわからないが、ボールが決定的に見えづらくなってしまったのだ。
 
相手がサーブの体勢に入って構えた直後、カツンという音だけが聞こえてボールは「消える魔球」と化す。ネットを越えた頃、一度消えたボールの姿が再びポンと出現する。
 
これではまともに打ち返せるわけがない。
 

さらに、それまでよく見えていた右目の視力まで落ちていきます。

LEDの光のせいかと思っていたものの、LED広告がない会場でも相変わらずボールが見えづらい。
 
2018年4月、5月、6月…とボールが消える現象はずっと続く。
 
レーシック手術を受けた左目の視力は1.5のままなのに、よく見えていた右目の視力が1.5から0.7まで下がっていた。
 
なぜもう片方の視力まで急に落ちてしまったのだろう。悩んだ挙句、2018年8月に右目のレーシック手術を受けた。

しかし今回は視力復活とはなりませんでした。
 
それどころか…

それでも症状が改善されない。症状は良くなるどころかますます悪くなる一方だ。
 
ひょっとしたら医療過誤でもあったのか。私の目は元に戻らないのか…。「ボールが見えづらい」が、とうとう「まったく見えない」まで悪化してしまった。
 

水谷選手は特注のサングラスをつけるなどして対処しますが、万全ではありません。
 
結論としては、この不調の原因は当時ほとんど知られていなかった「ビシュアルスノー」でした。




水谷さんのビシュアルスノウの症状 起きやすい場所とは

水谷さんのビシュアルスノーでは”砂嵐”が発生します。

私の症状は、試合中にボールが消えるだけではない。
 
アナログテレビをつけっぱなしにしたままうたた寝してしまうと、夜中に白黒のノイズがザーザー鳴ることがあったと思う。
 
ちょうどあのノイズのように、視界にザワザワと細かい粒子が見えるのだ。「視界に砂嵐が吹き荒れる」と表現すれば分かりやすいだろう。
 

”砂嵐”は起きやすい場所があります。

白く塗装された壁、エレベーターの中は、砂嵐の現れ方がひどい。黒や白をバックににした場所で、ビシュアルスノーは特にひどくなるようだ。
 
客席が真っ暗で、卓球台のまわりは白く光って明るい。ビシュアルスノーにとって最悪の環境だ。

砂嵐はを目を閉じていても発生します。

おそるべきことに、砂嵐は目を閉じても続く。眠ろうとしても、まぶたの中でザワザワとノイズが騒ぎ続ける。
 
耳鳴りや偏頭痛のように「慣れる」「そういうものだとあきらめる」という姿勢でやりすごすしかない。不眠に苦しむことも多くなった。

症状の強さには個人差があり、両目に表れる人と、片目だけに表れる人がいます。

極めて珍しく治療法は無し メンタルに影響し心を病む人も

水谷選手は2019年に渡米し、専門医の診察を受けます。
 
しかし目に不調は見つからず、レーシックとも無関係だと判明します。
 
「原因は脳にあるのでは?」とMRIを検査を受けますが、こちらも異常はありません。
 

 
この時点では「ビジュアルスノー」はほとんど認知されておらず、米国でも「ビシュアルスノーではないか?」と指摘されることは一度もなかったのです。
 
当然のように治療も期待できません。
 
「効果がある」とされる薬も副作用を考えると、とても使えないそうです。

残念ながら、現状では治療法はゼロだ。
 
精神障害の患者に出す薬を使ってみたところ、20%ほど症状が改善されたと言う人がいた。
 
どうにかしてその薬を手に入れようと試みたのだが、どこの医者からも全部断られてしまった。向精神薬のような強い薬は、依存性と危険性が強いのでやたらと処方することができないのだ。
 

この薬の件でわかるように、ビジュアルスノーはメンタルにも影響を及ぼします。

ビジュアルスノーの患者は、2人に1人が鬱病になったり、精神的に病んでしまうと聞く。
 
精神が病んだ結果ビジュアルスノーになったのか。ビジュアルスノーの症状が苦しいから精神を病んでしまったのか。
 
ニワトリが先か、卵が先かは私にはわからない。

残念ながら、この苦しみに耐えきれず自ら命を絶ってしまう人もいます。




自ら命を絶つ人も 水谷選手からのメッセージ

オリンピック直前になって、水谷選手に衝撃を与える事件が起きます。

オリンピック直前の時期に、「今から自殺します」とライブ配信で宣言して自殺してしまった人がいる。
 
その人はビシュアルスノーのせいで心を病み、ずっと苦しんでいた。
 
事件は私にとって衝撃的だった。
 
この苦しみが何年も続き、症状がもっとひどくなれば、私の精神状態だってどうなるかわからない。
 
亡くなった方がどれほど苦しくつらかったかは、私にもよくわかる。事件はまったく他人事ではなかった。
 

治療法が見つかっておらず、認知度も低いため周囲の理解も得られません。
 
ビシュアルスノーの患者は精神的に追い詰められやすい環境にあるのです。
 
水谷選手は、そんな人の力になりたいと考えています。

自分がビジュアルスノーであることにもうちょっと早く気づき、私がすぐに病名と症状を公表していれば、もしかしたら「水谷隼も私と同じ病気なのか。なのに彼は必死で病気と戦い、卓球で活躍している」と希望をもってもらえたかもしれない。
 
どうにかして自殺を食い止めることはできなかったものか。残念でたまらない気持ちだ。
 
(中略)
 
同じように目の中の嵐で苦しむ皆さん、希望を捨てないでほしい。
 
世界中で研究に打ち込む科学者の叡智を信じ、私と一緒に戦おう。