ズボラ飯だろうが手抜き料理だろうが 栄養と心

少し前に、「ズボラ飯」なる料理が流行りました。
 
忙しい人(主に女性)向けに、簡単に(手抜きして?)作る料理ですね。
 
個人的には、大いに結構な話だと思います。
 

ものすごく語弊があるかもしれませんが、私は家庭の料理は
 
とりあえず、何か作ればいい
 
と考えています。
 
花のズボラ飯 うんま~いレシピ―なぜ、ズボラ料理なのに泣くほどうまいのか(レビューあり)
花のズボラ飯 うんま~いレシピ―なぜ、ズボラ料理なのに泣くほどうまいのか
 
極端に味が濃かったり、栄養面でメチャクチャだったり、絶望的に調理がマズくないかぎりOKです。
 
どんな簡単なものでも、作る料理と出来合いでは天地ほど差があります。その差は栄養・健康面だけではなく、家族や子供の精神面などあるゆる面に影響するように思えるのです。
 
 
例えばおにぎりはどうでしょうか?
 
買ってきたおにぎりよりも、たとえいびつでも誰かが目の前で作ってくれたおにぎりのほうが、私には魅力的に感じます。
 
添加物云々の懸念はありませんし、何より人の思いやりを頂くようで、それだけで有り難いのです。
 
 
「外食・中食でも生きていけるじゃん」という意見もわかります。私も外食はしますし、中食も食べていますから。
 
包丁やまな板、炊飯器も無く、料理を全く知らなくても、現代では困ることはありません。
 
 
でも、自分が口にするものを全く把握しない食事をずっと続けても良いですか?そしてあなたの大事な人に、他の誰かが作った食事を出し続けても良いでしょうか?
 
・食材の産地や鮮度は?
・使われている油や塩分、糖分の量は?
・必要な栄養素は含まれているか?
・余分なものは入っていないか?

 
 
たとえズボラであっても、料理をすればこれらは自分で把握・加減が可能です。そして料理に心を込めることができます。
 
短期間ではわからなくとも、長い時間が経過すればこの違いは大きな差となって表れるでしょう。ある人には健康面で、ある人には精神面で。
 
 
以前、料理記者の岸朝子さんが「料理を学ぶことは生きる術を身につけること」という旨の発言をされていました。私も全面的に同感です。
 
 
いまの世の中、外食・中食はもはや必要なものと言えます。私もお世話になってます。でも、それだけでもいけないのではないでしょうか。
 
たとえごくたまにであっても、そしてズボラ飯でも手抜き料理であっても、自分の手で食事を作る機会がなくてはいけません。
 
それは「生きる術」を身につけていることであり、あなたや誰かの身体と心を満たしていることに他ならないのです。
 

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